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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

小ネタ集

浮かぶには浮かんだけど微妙に広がらないネタ達。

 

 

「私の余命なんてあなたに関係ない。放っておいて」

 真っ白い病院の一室。ベッドから身を起こしたまま、彼女は吐き捨てるように言った。相変わらずこっちを見ずに心なしかうつむいたまま、窓の方を見たまま微動だにしない。

 彼女、水橋佐月の余命は一月だそうだ。関係ないでしょ、と一蹴されながらもめげずに尋ね続けた成果である。もっとも、病名や原因までは問い質せなかったのだが。

「放ってなんかおけないよ」

「どうして」

 眉尻を下げてそう言ってみても、案の定冷たく返される。酷いなぁ。

「こんなにも君が好きなのに」

 苦笑しながら抱きしめると、行為自体を拒まれこそしなかったが、内心では拒絶されているとわかった。彼女はいつもこうだ。嫌だ嫌だと拒みながらも、人肌に飢えているから拒みきれない。そうしてずるずると進展しない関係を引きずり続ける。

「……嘘吐き」

 そう呟いた彼女の声は微かに震えていて。

「嘘でごめんね」

 笑ったまま言ったら、小さく罵声を浴びせられた。

 

 人は色々なものを零して歩く。手のひらに掬った砂が、少しずつ零れ落ちてゆくように。

 この手のひらの砂は、生命であり、財産であり、自分自身。

 砂をどうするかは自分次第だ。投げ捨ててすぐに消える人。零れ落ちる砂を下で受け止め、おこぼれを貰う人。大きな手のひらで他人から奪う人。

 手のひらの砂は様々な人が気に留めるのに、サラサラと零れていく砂の流れを気に留める者は、誰一人居ない。

 目の前のものしか見ることの出来ない人が蔓延る中、こうして今日も、僕は砂を零してゆく。

 

 いつからこんなに弱くなったんだろう。人と関わらないのが寂しいだなんて。認めたくなくて、気持ちを押し潰すように、力を入れて膝を抱えた。

 こんな気持ちになったのは久しぶりすぎて、こんな時どうしていいかわからない。だからただじっと膝を抱える。腕に伝わる自分の体温が、ひどく暖かい。

 そうだ。僕は今までもこうだった。一人で大丈夫だった。なのにこれは随分と

 ――寂しい?

 言葉が出かけてとっさに飲み込む。言ったら弱くなったことを認める気がしたから。

 自分をこんな風にしたアイツを、僕の世界を壊したアイツを、姿勢を一ミリも動かすことなく僕は心の底から恨んだ。

 

 雨の日。コの字型に作られたマンションの中心に、彼女は立っている。

 このマンションの通称は、「箱庭」。コの字なら箱ではないのでは? と疑問に思うだろうが、理由は単純明快。壁のない一辺が川に隣接しており、高いフェンスがあるからだ。

 そんな空間に咲く桜は、最初こそ住人の間で「今年も咲いたな」「やっぱり綺麗よね」などと会話が交わされたものだが、今や愛でる者はほとんどいない。精々チラリと視界に入った時に、あ、咲いてる、と思う程度である。

 勿体無い、と思う。濃い灰色の中にある一点の淡いピンク色は、一層色鮮やかに見えるというのに。

 しかしまあ、箱庭の住人たちの言う「桜」は基本的にこの桜を示すので、物珍しさが消え、在って当然という認識に下がっただけなのだろう。

 今日も、雨が降っていた。

 

 ズッ、と小さな音を立てながら、痙攣する小動物の血を啜る。小動物の血は決して美味しいとは言えないし、どちらかと言えば不味いのだが、この際食べられたら問題ない。血を啜ることさえできれば文音は生きていける。

 片手で掴み、咥えるようにして血を啜っていた小動物――今回はネズミだ――を干からびたのだろう自分の直ぐ側に投げ捨てて、彼女は白木の杭を取り出した。自分の能力をまだ制御できないため、無闇に吸血動物を増やさないようにするにはこれが一番だからだ。

 自身の命をも消すことの出来る呪いの杭を、自分の手で、ネズミに打ち込む。この作業は自分自身の藁人形に五寸釘を打ち込んでいるような気分になるから、と文音は酷く嫌っていた。誰に言ったわけでもないが。

 

 部屋の壁にもたれかかって動かない彼。その視線の先にはなにもない。反対側の壁が見えるだけ。焦点のハッキリした目は、恐らく彼には見えているであろう化け物達を、しっかりと見据えている。

「煩いぞ。全部嘘の癖によく言いやがる」

 彼の声が部屋に響いた。まるで誰かと話しているような声の大きさだが、酷く冷たい。今見えている中には会話の成り立つ者がいないのか、話す仕草はない。一人で虚空に向かって声をかけ続ける。

「お前らを相手にする気なんてサラサラ無いってのに、勝手にこっちのテリトリーに入ってくるんじゃない」

「おい、だいぶ譲歩してやったんだ。線を超えるな」

「くそったれ」

 床に貼られた赤いビニールテープを指さすも、すぐに手を下ろし、それきり不機嫌そうな表情で黙ってしまった。これもいつものことだ。細かいところは違っても、一日の流れはすべて、いつも通り。

 彼は、いつ元に戻るのだろう。

 

「さむい」

「さみしい」

「つまらない」

「ねえ」

「くるしい」

「いつしぬの?」

 口々に喋る黒い影達。ノイズ混じりの声はいつものことだ。

「煩いぞ。全部嘘の癖によく言いやがる」

 吐き捨てるように、しかしはっきりと声に出す。唯一この空間でノイズのかからない自分の声。それが聞こえているのか聞こえていないのか、言ったところで止まらない。

 極稀に会話のできるゾンビもどきもいるのだが、生憎今日は見当たらない。視界に入るのは黒ばかりだ。黒い、声を発するモノが何なのか、皆目見当がつかない。幽霊か? それとも幻覚か? まあ、いくら考え、予測したところで、隔離されている俺に真実を確かめる術はない。

 耳を塞ぐ。何も変わらない。手を離す。まったく、なんて鬱陶しいんだ。ちらりと視線を向けると、奴等と関わりたくないために作ったビニールテープの境界線と、それを越えようとする奴等が目に入る。

 お前らを相手にする気なんてサラサラ無いってのに、勝手にこっちのテリトリーに入ってくるんじゃない。おい、だいぶ譲歩してやったんだ、線を超えるな。

「くそったれ」

 

「ああ悲しい。悲しいわ。辛いの。痛いの。苦しいの」

 心底悲痛な声を上げる割に、顔は酷く楽しそうな笑顔を浮かべていた。柔らかそうな真っ白いワンピースでくるくると回っている。いや、正しくは舞っている、か。

 軽やかに、楽しそうに。くるくると、ひらひらと、蝶のように。足も同じく軽やかにステップを踏む。

 タン、タン、タタン、タタンタン。

「……とてもそんな風には見えないけど」

「そうかしら」

「そうでしかない」

 即答してやると、ふふふ、あはは、あはははは、と、実に楽しそうに、いよいよ彼女は声を上げて笑い出した。それでも踊りは止まらない。

 

 偶然。一瞬僅かに目を細めて、もう一度見る。光ってなどいなかった。それもそうだ、人間の目が光るわけがない。けれど確かに、彼女は明るい。

 ぼくの目はきっと潰れてしまったのだ。彼女の瞳を見た時に、眩しくて眩しくてイカれてしまったのだ。ぼくはもう、彼女の後ろを見つめることすらままならない。