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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

3/25 フリーワンライ

お題:想いの残滓を飲み込んで

 

 

 想い、というものは形がない。いや、形はあるのだろうが、「目に見えない」。妖、幽霊、超能力、エトセトラ。目に見えないものは信じないくせに想いは信じる。

 人間は随分と都合の良い生き物だなあなんて考えながら、酒屋のカウンターでアルコールをあおる。まあ、そんなわたしも人間の類いなわけだが。

 これから話すことはフィクションだ。暇つぶしにでも聞いてくれ。数日前のことだ。アルコールの勢いも借りてぼくは目の前の見知らぬ彼に話し始めた。酔っているはずの彼は困惑した表情を露わにしていた。

 大丈夫、所詮は酔っ払いの作り話さ——

 

 想いの話をしていたね? あれは不思議なものだ。この世に溢れる、しかし誰も気がつかない魔法のひとつ。その魔法の中でも一、二を争う。ほかはなんだって? その話はまたいつか、きみがおれの話相手に選ばれたときだ。永遠にないなんてことはないと良いけれど。

 話を戻そう。要するにこのアタイが言いたいのは「想いは魔法」だということなんだ。これを頭の片隅の片隅、端っこでいいから覚えておいて頂戴。

 僕は所謂、魔法使いと呼ばれるもので、あ、こら、話に水を差すんじゃない。信じろとは言っていないんだから。それに話はまだ始まったばっかりなの。そういうことにしておいてよ、いいね? よし。

 その僕はある日、魔法の残骸を集めていた。新しい魔法に活用、リサイクルするために。材料はそこら中に落ちているけど、ほら、ゴミで町がいっぱいになるのも嫌だから私は定期的にそういうことをするの。定期的というよりは気が向いたときに、だけど。だって人が多いところは不便だよ、やっぱり。

 その日はたまたま、想いの残滓を集める日だった。集め終えたら当然家に持ち帰る。ところが俺はその時にとんでもない間違いを犯してしまったようでな。家に着くなり、部屋に仕舞っておいた想いの残滓が暴走を始めたんだ。原因は俺の手の中にある想いの残滓……だと思いこんでいたもの。

 恋心、思慕、尊敬、畏敬、憎しみ、悲しみ、喜び、憐れみ、苦しみ——兎に角ありとあらゆるものがそれに反応、共鳴してしまった。残滓だと思っていたひとつは、誰かが捨てるに捨てきれていない未練だったのさ。

 そいつらが棚に収められた瓶から飛び出して、飛び散って、アタシはひとりで大慌て。大事な実験途中のサンプルだって、その騒ぎで紛失しちまったんだよ。

 いやあ、想いってこわいねえ。その強さが魔法に転用されるから構わないんだけど、この時ばかりはさすがに焦った。こんな失敗、普段ならしないからね、あたしは。

 もしかすると、あんたみたいな人間も想いに殺されるかもしれないな? 欠片だけでも強いのに、純粋な恨み憎しみをそんなに背負ってちゃ、さ。おや、顔色が悪いね。どうしたんだい、水でも、え、いらない? このまま帰る? 別にいいけど気をつけて。お前に張り付いて呪いになった「それ」には特に。いや、付き合ってくれてどーも。

 

 目の前の相手を軽く指さしてやると、男は顔を真っ青にして周囲を見回した。そんなことをしたところで一般人に「想い」が見えるわけもないのに。笑っていることがばれないように、そっと口にアルコールを含む。慌てて駆けて店を出る男の背中に手を振っていると、後ろから肩を叩かれた。

「もういいだろ、ほら」

 迎えの友人だ。ちゃっかり勘定は任せちゃおう。その間に自分は、彼の恐怖の残滓をアルコールの中に入れて飲み干してしまう。ああ、美味しい。まさかあんなに恨みを買った人間に出会えるなんて思いもよらなかったし、幸運だった。

 帰りの道中でそいつの放った「お前も趣味が悪いなァ」というぼやきは、聞かなかったことにした。