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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

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創作

タグはフォロワーさんの好きな要素をできるだけ詰め込むもの。

最後に来た要素をすべて。

 

 炎天の空の下。大きな入道雲のある真っ青な空の下。彼女に向かって柄杓で思いきり水をかけてやる。返事はない。土との香りと草花の香り、それを台無しにする汗の匂いと、この上ない蒸し暑さ。熱気を放つ彼女を相手に私は「久しぶり」と声をかけた。

 幼なじみがいた。幼いころから一緒にいて、同じ中学に上がって、ある時期から関わりの薄くなった幼なじみ。腰の近くまである茶色い髪は結わずにおろし、目元を隠すようにつばの広い帽子を被り、クリーム色の質素なワンピースを好んで着ていた。なぜクリーム色なのかと問うと「白は汚れが目立つから」と口にしていたが、私にはさっぱり理解できなかった。私が不思議そうにすると、同い歳のくせ、彼女はきまって「あなたにはわからないよ」と歳上ぶって言っていた。それを聞いて怒ろうとするのだけれど、彼女に悪意はないらしく、どうにも怒れない私はふてくされたように黙り込むのだ。
 持ってきた花を添える。カーネーションなどの色とりどりな花の奥には、棘を切った黄色いバラを一輪、そっと紛れ込ませてある。こういった場に向かない花だというのに、どうしても入れて欲しいなどとのたまうのだから、まったく彼女には困ったものだ。薄い色が好みだと言っていたのに、いったいどうしてバラが好きなんだ。とはいえ女子中学生なんてそんなものか。
 腹いせに、持ってきていた鎌で周囲の草を刈り取ってやると、熱気に混じった植物の香りも落ち着いて、少しだけ見栄えが良くなった気がした。ただし、蒸し暑さは相変わらず。
 彼女は宇宙が好きだった。宇宙というよりは宇宙人のことが、か。会うことができると信じてサークルを描いたり、自作のラジオを調節したり。いま思えば、変わり者のおかしな子だったのかもしれない。周囲は彼女の容姿ゆえに、黙認していたのだろう。彼女は美しかったから。ただ、遠まわしに否定を行うのみで別段いやがらせもなかったものの、彼女の周りには人が集まらなかった。中学の半ばあたりからそういった言動が少なくなったのは、そのせいなのだろうか? なんて。そのころにはもう私と彼女の繋がりも薄れ始めていたので、正確にはわからない。
 そういえば一度だけ、宇宙人に会えたんだと嬉嬉として報告に来たことがあった。あれ以来だ。彼女が宇宙人の話題を出さなくなったのは。
 適当に清掃を済ませて、最後に彼女の上から、残り少ない手桶の中身をひっくり返して。あっ、忘れるところだった。線香に火を点けて手を合わせる。一歩下がって見ると、やはり来たときよりもさっぱりとした雰囲気になっていた。暑苦しいくらいに好き放題に伸びきった植物は刈られているし、触れることができないほど熱された彼女の温度だって、今は多少なりとも下がっている。周辺の泥も払って花を添えてあるというのも一因だろう。借りた手桶と柄杓を元の場所へ返して、そのまま帰路につく。もうすぐ夕暮れだ。ここから家まではそこそこの時間がかかる。急がなければ。
 駅に着いたのは夕暮れ時。切符を購入して、来たときと同じリズムを刻む電車に乗り込む。電車の機械音と走行音、それから時折耳に入る扉の開閉音と停車地点で流れる車掌のアナウンスたち。それらをBGMに、揺られてゆく。ああ疲れた。長いシートの端どころか、五、六人分の座席を占領して眠ってしまいたい。平日とはいえ人がいるからしないけれど。おとなしく端のシートに体を預けた。
 それにしても、眠い。流れる景色と空の明るさを眺めながら運ばれてゆく。
 彼女は、中学卒業の前に亡くなった。事故死だそうだ。信号無視の車に轢かれて死んだのだと、そう聞いた。当時その話を知らされたときは、悲しむよりも先に、両親もこれといって親しい血縁も居らず遠い親戚の家で暮らしていた彼女にとって、良かったのか悪かったのか。そんなことを考えてしまった。仲の良かった幼なじみの死に涙を流さないなんて、また随分な薄情ものである。その後、私は県を跨いだ高校に進学し、大学は都内へ。以来元の学校とは無縁の土地に身を置いた。その親戚もたしか、昨年の秋に亡くなったんだっけ。実家からの電話で小耳に挟んだ覚えがある。
 ──彼女が大人になっていたら、うつらうつらと、想像つかないな、微睡んで、記憶の中の彼女は成長しなくて、うとうとと、どこか悲しいような、ああ、残念だ、陽が沈んだ。夢現な自分の目には紺一色の空と、そこに引かれた暖色のグラデーション。
 ふと。彼女の姿が目に入った。彼女は昔と変わらぬ服装で、けれど身長も身体つきも成長している。こちらを向いて、後ろに手を組んで、反対側の扉の前に立っている。黄昏時の陽の残りと深めに被られた帽子のせいなのか、表情はわからない。ほぼ白に近いクリーム色の飾り気のないワンピースは、血ではなく残りの陽光によって、暖色に染まっていた。むかし話に聞いていた事故死の惨状とはほど遠い、記憶のなかとも違う姿。車内の明かりはまだつかない。彼女が口を開く。
「ありがと、ひさしぶり」
 こういうとき、普通の人ならば真っ先に気のせいだと考えるのだろう。けれど私は、きっと眠かったから、まだどこか夢現だったから、目の前の人物が彼女だと信じて疑わなかった。だって彼女は「ひさしぶり」と言った。舌っ足らずに拙くなっていたが、確実に彼女の声だ。何か言わなければ、でも、ああ、何を言っていいのかわからない。そうだ。
「私はあんたのこと、嫌いじゃなかったよ」
 少なくとも、こうして県を跨いで墓参りに行くくらいには。車内が一瞬にして明るくなる。突然の眩しさに目を細めて、数度まばたき。再び扉を確認したときには、彼女の姿は消えていた。
 けれど。落ちていたカーネーションを見る限り、夢ではなかったのだろう。黄色いそれを拾い上げる。彼女の好きだった、宇宙人という単語が脳裏をよぎった。
 このことを誰かに話すつもりは一切ない。私の記憶、とある八月、お盆の出来事。
 
 
 
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