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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

6/12 フリーワンライ

フリーワンライ

ジャンル:オリジナル

お題:氷雨,やがて死にゆく星は,川は海へと繋がる,「意外だね」で文章を始める,リンドウの髪飾り,学級裁判,届きそうで届かない

 

 

「意外だね」

 視線を落したまま、隣に佇む彼が言った。

「もっと早いものだとばかり思っていた」

「そうかな? ぼくはもっと遅いものだと思っていたよ」

 顔を上げないから、ぼくもそれに倣う。足元に横たわるのは、少女だったもの。両手を組んで眠っている。両手はぼくが組ませたかたちだ。

「人は死ぬよ」

「人だからね」

 じっと見降ろす。表情は穏やかだ。でも、少女の面影はもう見当たらない。手足はやせ細っていて、閉ざされた口にも、瞼にも、深いしわが刻まれている。頬にも、額にも、目尻にも。気に入っていた彼女の髪だって、白が混ざって灰色がかった色になってしまった。今だけは夕陽でほんのり茜色に染められているけれど。

 彼女は死んだ。死んでしまった。老いという防ぎようのないもので。時の経過に殺された。ぼくたちを置いて、行ってしまった。ぼくたちには行けない場所へ。

「ねえ」

 暫しの沈黙の後、再び彼は口を開いた。

「やがて死にゆく星は、死んだら一体、どこへ行くんだろう」

 さあ、どこだろう。彼女は「遠いところ」としか言ってくれなかった。「ずっとずっと、なによりも遠いところよ」と、「届きそうで届かない場所よ」と。いまさら答えを尋ねようにも、彼女の瞳はもう開かない。

「……わからないよ」

「知ってる」

 知っているなら訊くんじゃない。まったく。ぼくは手の中のリンドウの髪飾りと彼女の髪を見比べて、一度握って、うん、決めた。屈んで彼女に手を触れる。

「なにするの」

「返すんだ」

「ふぅん」

 なんとなく冷たい。彼女はここにはいないのだと、実感する。返そうとしたものの、ぼくに髪飾りの付け方はわからない。どうするんだろう? 聞いておけばよかったな。これもやっぱり、いまさらだけど。

 これは昔、彼女が幼いころぼくたちにくれたものだ。彼にはペンダントと指輪を、ぼくには髪飾りとブローチを。ぼくは女の子じゃないからいらない、って言ったのに、そうすると青い目いっぱいに溜めた涙をこらえるものだから、ぼくがもらってやったのだ。あの青い瞳はもう見えない。

 手元の髪飾りを弄って、落ちないように、うん、たぶんこんな感じ。灰色の髪にはよく映えた。それを真似したのか、彼も隣で屈むのが視界の隅に映った。

 少しだけ、視線を向ける。彼が返すものはペンダントのようだった。空から降ってきた氷雨のようなそれは、やはり温かさのない胸元へ。つけてやる彼の指にはやはり、あの頃の指輪が嵌っていた。

 作業を終えて、それでも彼女から目を離せない。彼女はいつの間にこんなに老いてしまったのだろう。彼女はいつの間にこんな姿になってしまったのだろう。

 じわりと視界が滲んだ。どうしてもぼくたちは彼女たちとは違うのだ。ああ、よくわかった。わかっていた。川は海へと繋がっていることと同じくらいに明白だった。わかっていたけれど、これは思っていた以上に。

「痛い」

「うん」

 二人して声が震えていた。情けない。前もこんなことはあったじゃないか。……それでも、慣れない。慣れるものじゃない。

「帰ろうか」

「うん」

 手を引かれて、立ち上がって歩き出す。丘に背を向けて降りて行く。今度はぼくらが彼女のことを置いて行く。ぼくらが、彼女をあの丘へ、ひとりぼっちにする。ああ、ずるいな、ぼくら。ぼくらは誰に置いて行かれてもふたりぼっちだったのに、彼女のことはひとりにするんだ。

「帰ったら学級裁判を開こう」

「なにそれ」

「ぼくらを置いて行った彼女が善か悪かの会議」

「意味わかんないね」

 だって彼女は僕らの中で、絶対的に

「善なのに」

「……知ってる」

「それに二人じゃ家族会議だ」

「それも知ってる」

 空には星が瞬き始めていた。あ。わかった。

「空だ」

「なにが」

「なんでもない」

 そうか。彼女は空にいた。今までぼくらを置いて行った人たちも、これから出会って、そしてぼくらを置いていく人たちも、きっとみんな空にいるんだ。

 

 彼らの帰り道には、小さな幼い怪物の影が一つ。