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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

11/19 フリーワンライ

心で見る

綿あめのような恋心

 

 目の焦点をずらすと、恋心が見えた。胸のあたりにぽっかりと何もないのは、恋をしていない人。恋の形はシャボン玉や、クッキー、小汚い泥団子に得体の知れないもの。それが恋心だと自覚したのは、ひとりの「恋心」を消してしまってからのことだった。

 

「アタシさー、あの人のこと、好きなんだ」

 目を見張った。私は彼女の部活仲間で、なんてことない相手だった。だから彼女もそんなことを、何気なく零したんだろう。

 へえ、そうなんだ。なんてことないように、いつものように聞き流す。フリをする。どうにもショックだったらしい。見ないフリをしていたけれど、私は彼女を好きだったから。

 見ないフリは得意だった。

 翌日から、彼女は私とふたりだけになると、彼の好きなところをぽつぽつと零すようになった。今までもこうして部活終了後、ふたりで居残り居座っていたのだ。

「あのまっすぐな性格が好き」

「うん」

「あの一生懸命なところが好き」

「うん」

「あの笑ったときの笑みが好き」

「……うん」

 聞いてる? と訝しまれたので、聞いてるよ、と返す。

「あいつのこと、そんなに好きなんだ?」

「そりゃあもう世界一」

「大袈裟すぎるよ」

 そんなことないよと笑う顔は、とても綺麗だった。彼女の胸元にあるのはピンク色の綿あめのようなもので、ふわふわと甘そうな香りを放っている。それがだんだん大きくなっていることに気がついたのは、ずいぶんと時間が過ぎてからだった。

 それに気がついてからは一瞬だった。日に日に甘い香りの増すそれに惹きつけられて、彼女のほうへ手を伸ばす。もしかするとこれは「心」で、食べたら彼女を手に入れられるかもしれない。そんなバカげたことを考えながら、胸元へ。

「どうしたの?」

「ここ、なんかついてるから」

 大嘘だ。嘘吐きめ。

「え、なに」

「なんだ、髪じゃん。ごめんね、なんでもなかった」

「なぁんだ」

 驚かせないでよ。心の中でごめんねと謝罪する。私の手には、誰にも見えない綿あめがあった。

 しばらく言葉を交わして、いつものように校門前で手を振って分かれる。帰り道で口にした綿あめは、極上の味だった。

 

「……アタシ、なんであの人のこと好きだったんだろ」

 翌日出会っての一言目がこれだった。

「なんで、って……言ってたじゃん。こういうところが好きだとか、ああいうところが好きだとか——ほら、一生懸命で前向きなところとか」

「そう、そうかな?」

「そうだよ」

「なんか、今まで付き合わせてごめんね?」

 好きじゃなかったみたい、と困ったように笑う彼女は、今までよりも陰って見えた。

 ああ、もしかして。いや、きっと、私は取り返しのつかないことをしてしまったに違いないと、このときようやく気がついたのだ。もう取り返しはつかないのに。

 それから、距離を置くようになった。ほんの少しだけ帰る時間を早めて、ほんの少しだけ相槌を減らして。卒業式のあとに「もしかして」と告白してみたけれど、それも結局駄目で。優しいから気持ち悪いとも言わずにやんわりと断られただけだけれど、それでも、完全に彼女の恋心を殺してしまったのだと、認めざるを得なかった。

 きっと私は「害そのもの」だろう。彼女だけじゃない。美味しそうな、綺麗な恋心を食べてしまうことが何度かあった。そしてそのたびに、ひっそりと後悔して、懺悔をするのだ。

 神様、ごめんなさい。食べてしまった人、ごめんなさい。

 心のどこかでこの程度で許されると思っているのだから、笑いものだ。ただ、自分にも罰を与えることにした。他の人からしたらなんてことのない、小さな罰。

 鏡の前に立つと、私の胸元にも恋心が見える。ヘドロのような異臭と悪臭を放つ小さな塊。それにそっと手を伸ばして、目を瞑って、気持ち悪い感触を堪えて、口内へ。口内に溢れる苦味と酸味、悪臭、纏わりつく気持ち悪さを手元のコップに注いだ水で一気に押し流す。恋心消滅。さよなら今回の私の恋心。とはいえ何度繰り返しても生まれるので、これはもうどうしようもない。回を重ねるごとに醜くなるというのに、惚れっぽいのだ。自分は。はぁ、

「……死にたいなぁ」

 吐き気を堪えて飲み下したそれの代わりに、できもしない願いをぽつりと吐き出した。