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海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

食事処

墓場と魔女とレストラン。

 

 ノック、ノック、ノック。

 正確に三度叩くと微かな返答。それを聞いてからドアノブに手をかける。異様な冷たさに背が泡立つものの、ここまで来たのなら引き下がれない。意を決して扉を開き、足を踏み入れる。ぱたりと閉ざされた建物の看板には、小さく「魔女のレストラン」の文字が躍っていた。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

 寂れた墓地の片隅に佇むレストラン、否、喫茶店とでも呼んだほうが正しいのではないだろうか。ともかくそんな店から客を迎えたのはひとりの女性だった。艶やかな長い黒髪に、髪と同じ色をもつ露出の少ないワンピース。若々しい見た目ではあるが、ぴったりと張り付くような手袋と袖の隙間から、皺だらけの肌がわずかに見えた。さながら童話の魔女のようだ。

 数度気温が下がったのか、寒気に身を震わせる。ひとりであると告げれば、がらんどうの店内を席まで案内される。レンガの壁に石造りの床。滑らかな加工もされておらず、お世辞にも良い空間だとは呼べなかった。

「どこも空いてはいるのですがここが一番眺めの良い席ですので、よければ、こちらに」

 礼を述べて着席する。店主だろうか。彼女はメニューと共に、ごゆっくりどうぞ、と定型文を置いてその場を立ち去った。

 取り残されたごく普通の、何の変哲もないそれを開いて目を通す。ソーセージと目玉焼き、腿肉のステーキ、タンのシチュー。数多くのメニューが写真と共に載せられている。先ほどちらりと見えた壁掛け時計を確認すると、どうやら時刻は11時。なんとも微妙な時間である。

 再度メニューを一瞥、悩みながらも料理を選び、ベルを鳴らして注文する。届くまでの間に目を向けた窓からは、なるほど見晴らしがいい。等間隔に並べられた墓石、掘り返された跡のある土、放置された遺骨、それらを侵食するかのように成長した植物がよく見えた。生き物の気配はまったく感じることができなかったが。店内だから、なのだろうか。外へ行けば、感じることができるのだろうか。どうにもこの店に入店する前の外の様子を思い出すことができなかった。

「お待たせいたしました」

 ふ、と意識を引き戻される。温かそうなシチューとサラダがテーブルに並べられていた。彼女が引き下がるのを横目に、シチューを口に運んでゆく。柔らかな肉が噛み切られて、口の中で溶けていく。

 思わず目を丸くした。美味しい。それはもう、いままで食べた中で一番だろうというくらいに。しかし美味しくはあるけれど、物足りない。物足りなさを埋めるためにもう一品追加する。次に届いた料理も絶品だった。けれどやはり、物足りない。

 もう一品。もう一品。なにかが満たされないまま頼み続けて、胃の中に落していく。

 たりない。

 欲しいままに注文を続け、さて今度は何を頼もうかとメニューを開く。不思議なことに胃が苦しくなることはなく、際限なく頼み続けたせいで、口にしていない料理は残りわずかとなっていた。さすがにそろそろ止めておくべきだろうか。メインメニューからデザートへ目が移る。

 あの。

 最後の一つに頼んだのは、赤いゼリー。料理名はゼリーのひと言で、何のゼリーなのかはわからなかった。写真に添えられていた薔薇の花からして、ハーブティーか何かだろうと適当に検討をつける。他だとするなら、苺、林檎、アセロラあたりが定番だろう。それから桜桃。

「お待たせいたしました」

 他の料理ほど間をおかずに、テーブルの上へゼリーが運ばれる。舌に乗せた冷たいそれは、想像していたどの味とも違う、風変わりなものだった。ときおり硬い粒を噛み砕きながら、ゆっくりと味わって完食する。時計の針は3の数字を指していた。

 会計のために席を立つ。彼女の置いた伝票を持って入口へ。品数が少なかったことを除いても安すぎる金額をコイントレイに載せて、レシートを受け取ったら出入り口の扉に手をかける。

「お料理、いかがでしたか?」

 声に振り向く。店主と目が合った。笑顔のまま、じっとこちらを見つめている。美味しかったことを告げれば、まるで何もかもわかっているとでもいうような口ぶりで、正直に言っていいと返された。それではこちらも素直に言うしかない。何とは言えないが物足りなかったことを述べると、彼女は「そうですか」と目を伏せた。

「お引き止めしてしまい、申し訳ありません」

 丁寧に礼をされる。今日は予定がないためここに来たのだと、慌てて顔を上げてもらう。彼女は困ったようにこちらを見つめていた。ここでひとつ、疑問が湧いた。どれも初めて食べる味ばかりだったのだが、一体どのような食材を使っているのだろう。

 彼女に疑問をぶつけてみる。たとえば、そう、最後のゼリーは何のゼリーだったのか、と。

「どうしても知りたいとおっしゃるなら……」

 中途半端に引き下がられてはこちらも余計に気になるというもの。続きを促す。一拍おいて返ってきた次の言葉に、弾かれたように店の外へ飛び出した。ときたま音を立てる遺骨も放って、一心不乱に墓場を駆け抜けようと、墓場という空間でさらに嫌な想像が掻き立てられる。

「血液ですよ」

 何の、とは訊けなかった。もしかして、というのも口にできなかった。嫌な想像だけが際限なく膨らんでいく。そもそもなぜあんなレストランにいたのかさえ思い出せない。こんな墓場だって知らない。走り抜けるまでの時間がとても遠い。飛び出した瞬間、彼女は笑っていた。耳に残っていたあの笑い声が気持ち悪い。兎にも角にももう少し。本来見知らぬ地にも関わらず、なぜかここを抜けられる確信があった。

 あったのに、抜けるまであと一歩と踏み出したその先、店にいたはずの店主の顔と共に視界が暗転した。