海の中に沈む

海塚の企画・メモ・キャラ用ブログ

蜃気楼

イチの話

 

 金がない苦学生にとって、絶好の稼ぎ時とも言える夏休み。暇なこともあいまって毎日のようにバイトを入れている苦学生こと一幹壱は、ふと皿洗いの手を止めて呟いた。

「そうだ、死のう」

 いつものことである。

 思い立ったが吉日。即行動に越したことはないのだが、さてどこで死んだものだろうか。

「手、止めてるヒマないぞー」

「はーい」

 

 盆もすぎて秋に差し掛かる一歩手前。つまるところ、季節は夏。八月の下旬。夏休み中に貯めに貯めた給料の一部、それをまるまる引き出して、どこか遠くへ行くことに決めた。せっかく死ぬならその前に多少散財したところで問題はないはずだ。

 山と海ならどちらのほうが良いのだろう?

 適当な切符を購入して電車を待つ。乗り越しぶんは降車駅で払えばいいだろう。悲しいかな、貧乏学生に車はない。

 誰もいないホームでぼうっとしていると、飛び込みでもすれば楽だろうかと考えがよぎったが、そんなことをしては金がもったいない。最後くらい好きに散財させてくれ、と、結局おとなしく電車に乗り込んだのだ。

 ぽつぽつと人はいるものの、混んでいるというほどでもなく、これ幸いにボックス席を陣取った。行先も決めていない道中が退屈で、早々に音楽プレイヤーを再生した。イヤホンで音楽を聴きながら本を開く。

 夢中になるほどでもない本に目を滑らせて時間を潰し、ぼんやり窓の外を眺めてはうつらうつら舟を漕ぎ。そうこうしている間に「終点ですよ」と声をかけられる。目を向けた先には青い制服。話しかけられるまで気がつかなかった恥ずかしさから、そそくさと降車した。

 電車に乗ったのは午前九時頃。薄い携帯で時間を確認すると、今は十二時。終点の駅というのは存外大きいもので、店をまわって適当に食料を入手した。

 ここからどうしたものか。

 購入したばかりのサンドウィッチを口にしながら外を眺める。空は快晴。腹立たしいほどに澄んでいた。あ、飛行機雲。少し気も晴れた。

 街の方へ視線を下げて目に入ったのはバスターミナル。いいな、あそこにしよう。カツン、カツンと駅の階段を降りていたら躓いた。食べ歩きはよろしくない。階下で周囲を見渡すのだが、看板を眺めたところで地名がわかるはずもなく、手近なバスに乗り込んだ。

 金ならある。むしろ金しかない。背にまわしている赤いワンショルダーバッグには、金と携帯と充電器くらいのものしか入っていない。自覚した途端、なぜだか不安になってバッグ部分を腹側に寄せた。

 ……べつにこれがなくなると行き倒れるだとかそんな心配はしていない。断じて。死にに行くのにそんな心配をしてどうする。

 一番後ろの端っこを陣取って、小さくため息をついた。

 電車と違って本を読むことはできないため、窓の外で移ろう景色を眺めること二時間。こちらも終点。降りた土地はさっぱりだった。勢いでここまで辿り着いたのだが。

「どこだここ」

 可もなく不可もなくといった、言うなれば少しばかり田舎寄りの街。暫し考える。しかし考えたところで答えの出るものでもない。ぐるぐる思考を巡らすうちになぜだかとても愉快になって、足取り軽く歩き出した。なるようになる。音楽プレイヤーはとうに切っていた。

 絶好の自殺日和——待てよ。大切なことに気がついた。はたしてこの土地で自殺できそうな場所はあるのだろうかという、非常に大切な問題に。いくらなんでもコンビニに入って「自殺できる場所あります?」などと尋ねるわけにはいかない。さすがに。それはない。ここどこですか? いやいや、それもなぁ……。

 探索もとい散策がてら、地名看板を探すしかなさそうだ。地名が判明すればあとは携帯で検索すればいい。最近のインターネットや電子機器は優秀である。いや昔の物もあんまり知らないけど。

 和菓子屋、本屋、服屋、洋菓子店、料理店、エトセトラ。水分補給やらはしっかり行いながら大通りらしき道に沿って歩いてゆくと、電柱に町名を見つけることができた。暑さのおかげでとてつもない時間がかかったように思えて仕方がない。ときおり暑い、のひと言を繰り返しながらもなんとか見たままの文字を携帯に打ち込んで、検索。一発である。便利だ。

 調べてわかったことはみっつ。ここはもう一本バスに乗れば海に出られる。次に、バスの本数が少ない。最後に、ひとつめの情報を掴んですぐバスに乗ってしまったため、帰りのバスがない。ああ、最後はどうでもいいんだった。だって暑かったんだから許してほしいとひとりごちる。

 恐らく海に出るまでおおよそ一時間か。適当に検討をつけて、人もいないので散策途中でみつけた駄菓子屋で手に入れたものをつまむ。きなこ棒はアタリだった。もったいないことをした。少しばかり駄菓子で時間を潰していたのだが、バス内でものを食うなと咎められた気がして袋を閉じた。

 景色を眺めるのは飽きた。本は読めない。音楽は聴いているものの手持無沙汰。寝落ちてしまい慌ててバスを降りるはめになるまで、あと半刻。

 

 慌ただしくバスを降りて時間を確認すれば十七時だった。夏なだけあって未だ持って空は明るく、そして暑い。ペットボトルの水を飲み干して自販機を探すけれど見当たらない。ツイてない気がしてきた。そんなことはないはずだ。

 暑い。やや涼しい昼間から電車に乗って、バスに乗って移動していたから正直舐めていた。かき氷が無性に食べたい。いちご、メロン、ブルーハワイ。

 そうこうしていても仕方がない。海へ向かって歩き出す。この道路を渡って、反対側。すぐそこだ。海に行けば自販機だって海の家だってあるかもしれない。なんせ夏である。

 人がいては自殺ができないことはすっかり抜け落ちていた。